3番バッターが引き抜かれる
その日、朝から営業所に激震が走りました。
営業所のエースとともに、店のノルマを作り上げてきたナンバー2のベテラン営業マンであるSさんが、異動になることが発表されたのです。
通常、営業所内の成績優秀な営業マンが異動になることはあまりありません。なぜならどこの所長も、プロ野球でいうところの4番バッターや、サッカーのエースストライカーのような存在を
「はい、どうぞ」
とあっさり手放すはずがないからです。
それだけにSさんの異動は驚きでしたが、なにより驚愕させられたのが、それに伴い補充される営業マンは、営業成績的には私とどっこいどっこいのキャリアの若手営業マン!
自分の要求されたノルマをこなすのに精いっぱいで、営業所内全体のノルマにまで考えが及ばない私でも、さすがに営業所の今後が心配になりました。
明らかな戦力ダウンの「非対等トレード」にも関わらず、店のノルマが変わるわけではありません。今までもどうにか達成してきた状況なのに、達成のためには、各営業マン、さらなる目標数字の上乗せが予想されます。
これまで以上にノルマ達成圧力が高まることは必然で、考えただけでも軽くめまいがしました。
突然ナンバー2に任命される
そんな激震冷めやらぬ日の午後、私は所長から声をかけられ、応接しに一人で来るよう伝えられました。
とおびえる小動物のごとく恐る恐る応接室に入ると、所長が私に話し出しました。
というわけで、入社して1年半。息も絶え絶えになりながら、どうにかノルマをこなしたりこなさなかったりのひよっこが、待遇が変わることもないのに、ノルマがいままでの2倍となり、ナンバー2という立場だけ背負わされてしまったのです。
プレッシャーで吐き気を催しながら、都合の良い時にしか信じない神様を恨みました。
責任に押しつぶされそうになる
青色吐息で月末をどうにかやりすごし、月初はほっと一息つけるのが営業マンのサイクルです。しかし、ナンバー2となった私に課せられたノルマが重くのしかかり、心の休まるときがありませんでした。
数少ない休日も、ボーっととしているとノルマのことを考えてしまいリラックスできず、常に何かしていないと落ち着かなくなってしまったので、仕事せずにはいられなくなりました。
仕事をしているときだけは、ノルマのことを考えずに済んだので、常になんらかの予定をいれてノルマのことは極力考えないようにしていました。
いつも頭はフル回転。何件もの案件を平行に考えながら、ふとしたときにその月のノルマを思い出し「オエッ」とえづいたりもしていました。このときの私は完全に「ナンバー2」という「責任」に押しつぶされていました。
立場が人を変える
とはいえ、そんな苦しい日常を過ごすうち、自分の中では意識改革が行われていました。
今までは自分のノルマだけ考えていればよかったのに、形だけの「ナンバー2」という立場が、営業所全体のノルマを気にするようになってきました。
さらに、Sさんと入れ替わりに入って来た営業マンは、年齢は私と同じながら、キャリアも経験も長いのにも関わらず、所長は私をナンバー2に選んだという事実が、私を力づけました。
決してやさしい言葉ではありませんでしたが、少しは期待して任命されたことに若干の嬉しさがあったことを否定できません。
人間はどんな環境でも期待され貢献したいと思っている生き物なんだと、今回の一件で気づかされたのです。