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夜の外出の頻度

そろそろ忘年会のシーズンですね。

決して付き合いの多い方ではないボクですが、

12月はボチボチ予定が埋まってきてしまいました。

 

都合が付く日に、全て予定を入れているかといったら、

そんなことはないですよ。

 

基本、夜外出するのは、

週に2回までとなんとなく決めておりまして、

その日以外は家で過ごすことにしています。

別に妻を含む家族から

 

「お前、飲みに行きすぎじゃね?」

 

とクレームがついているという訳ではないですが、

仕事が終わってからの夜の会合というのは、

案外体力も使うし疲れます。

 

もちろん、仲間内での食事や、

勉強会、セミナー参加等になるので、

辛いわけではありません。

楽しいし都合がつけばいくらでも参加したい!

と思います。

 

しかし、週に3度も4度も夜のイベントが続き、

それが毎週のように続くと、

楽しいとはいえ疲れてきます。

 

疲れていると、お酒を少し飲んだだけでも

すぐにアルコールが回ってしまい、

寝てしまうことさえあります。

 

もちろん、公式の場ではそのような痴態をお見せすることはないですが、

気の置けない仲間内だと、まあまああります。

今までにボクのそんな痴態を見た人がいれば、

それは

 

「気心知れている仲間だ」

 

と、ボクから勝手に認定されているということなので、

誇ってもいいんじゃないかな(偉そう)。

 

まあ気心知れた間柄とはいえ、

 

「親しき仲にも礼儀あり」

 

という言葉もありますし、

せっかく互いに時間とお金を費やしているのだから、

寝てしまって会話に参加できないのも、

もったいないですよね。

 

その場を全力で楽しみたいと思っているからこそ、

万全な体調で臨みたいのです。

で、色々と試したみた結果、

 

「週に1,2度の夜の外出」

 

というのが、ボクにとって一番無理なく過ごせる頻度なのです。

 

少しテーマはずれるかもしれませんが、

疲れているときこそ、

遊んでストレスを発散できる人と、

体をゆっくり休めることでストレスを発散できる人、

2パターンがあるようですが、

ボクは間違いなく後者です。

寝ないとダメ。

 

で、結局のところ何がいいたいのかというと。

ボクとこの11月12月、夜会うことが決まっている人に対し、

 

「疲れて寝ちゃうかもしれないけど、ごめんね」

 

っていう予防線を張っているということなんですよ。

というわけでよろしく。

寝てもいたずらしないでね。

人生の目的は経験値を積むこと

麻婆豆腐を愛してやまないボクですが、

最近あまり食べる機会がなかったこともあり、

随分とご無沙汰しておりました。

 

先日、昼時に外出する機会があり、

なおかつ美味しそうなお店を発見したので、

行ってみたのです。

 

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久しぶりに食べる愛する麻婆豆腐さんはとっても美味しかったです!

個人的には、もう少しラー油の海に浸っていて、

しびれ・辛味ともにもう1,2段階上だとより良かったのですが。

 

で、そこで麻婆豆腐を食べながら、

周りの人が食べてるものを横目で見て思ったことがありまして。。。

 

「よだれ鷄や汁なし坦々麺とかメッチャ美味そう」

 

基本、ボクは中華料理屋に行くと、

そのお店で他に名物料理があったとしても、

ルーティンのように麻婆豆腐を頼んでしまいます。

 

美味しい、あまり美味しくない、と多少の誤差はありますが、

麻婆豆腐ならば

 

「食べなきゃ良かった~~!」

 

と、大外れすることはほとんどありません。

 

中華料理としての「基本」である、

麻婆豆腐が美味しいお店は、

きっと他の料理も美味しいに違いない!

という若干ゆがんだ先入観を持っているのも、

毎回頼んでしまう一つの要因です。

(中華料理の基本が麻婆豆腐かどうかは知りません)

 

だけど、最近、麻婆豆腐ばかり食べている自分に、

大きな迷いが生まれてきています。

 

「これは大きな機会損失ではないのか?」

「思考停止してるんじゃないのか?自分」

 

と。

 

麻婆豆腐一筋だったボクが、

他の料理(*よだれ鶏とか汁なし担々麺)を注文することで、

 

ひょっとしたらよだれ鷄にハマるかもしれない!

汁なし坦々麺に人生を変えられるのかもしれない!!

 

そんなチャンスを逃してはいないか?と。

 

何のために生きるのか?

何のために生涯を全うするか?

 

と質問されれば、

答えは

 

「人生は楽しむこと」

 

であり、

 

「楽しむ」

 

とはつまり、

色々な経験を積むことだと思っています。

 

  • やったことがないこと(仕事や遊び)をする
  • 見たことがないことを見る
  • 行ったことがないところへ行く
  • 食べたことがないものを食べる

 

人生はやったもん勝ちの世界だと思うのです。

(↑似たような記事を過去に書いてました)

 

ドラクエで敵を倒して経験値を積むと、

レベルが上がりますが理屈は同じじゃないかと。

経験済みのことしかしないで、

人生を過ごすというのは、

スライムやドラキーばかり倒して、

喜んでいるようなものなのかもしれません。

 

それだと、生きてる間にレベル99まではたどりつけません。

せっかく人生を生きるのだから、

レベル99まで少しでも近づきたいです。

 

ボクの周りの仕事のできる人や経営者は、

大小関わらず色んなチャレンジをして、

未知の経験や体験をしてきている人が多いです。

 

きっと、経験したことがないこと、

体験したことがないことを求める欲求が、

普通の人よりも大きいのかもしれません。

だから仕事もできるし話題も豊富です。

麻婆豆腐しか食べていないボクが知らなかった、

美味しい麻婆豆腐を出すお店を知っていたりします。

 

ボクは中華屋に入ると、ほぼ麻婆豆腐しか頼みません。

つまりチャレンジしてないのです。

スライムやドラキーを、

棍棒で倒して喜んでるだけなんです。

 

愛してやまない麻婆豆腐さんを、

スライムやドラキーに例えることに、

若干の違和感を感じますが、しかし。

 

彼ら(スライム、ドラキー)は、

強さとは別次元のところにいるマスコット的な立ち位置なので、

今回はご容赦頂いてですね。

 

麻婆豆腐から始まり、

ドラクエ、そして人生にまで話を広げて、

結局何が言いたいのかというと、

 

もっと未知なるものにチャレンジしなくては!

 

ということです。

 

不幸な事件や事故がなくならないこの世の中で、

 

麻婆豆腐ばかり頼んでていいの?

 

というどうでもいい疑問一点だけで、

これだけの駄文を書き散らすことが出来るわが人生と、

それを許容できる日本という社会に、

幸せを感じますよ、ホント。

 

次回はよだれ鷄を頼めるよう頑張ります。

 

本の執筆を始めています。

前回の記事が、

春先にスキーに行った時のものでしたね。

ご無沙汰しておりますが、

皆様、いかがお過ごしでしょうか?

その間、ボクにも家族にも色々なことがありました。

 

卒園式があり、

入学式があり、

 

自画像

髪を伸ばして

 

「誰だお前は!?」

 

扱いされてみたり、

 

麻婆豆腐を食べ歩いたり、

 

写真と出てきたものが違うとブーたれてみたり、

 

母の日に子どもらと、

ホットケーキケーキを作ってみたりと・・・。

 

季節は移ろい、

すっかり初夏です。

 

3号もそりゃ大きくなりますわ。

 

時の流れは速くてびっくりします。

もうすぐアラフォーではなく、

本物のフォーティになってしまいますから・・・。

ちなみにボクの誕生日は6月10日です。

お祝いしてくれる人は、

急いだ方がいいんじゃないかな(笑)

 

さて、そんな冗談とも本気ともいえない戯言は置いときまして、

表題にもある通り、

最近、2冊目の本の執筆を徐々に開始しています。

題名や内容についてはまだお話出来ないのですが、

不動産取引のある分野に絞った内容の本となります。

 

前回の本の時は、

執筆自体初めてということもあって、

全てが手探り状態で進めていきました。

初めての経験ばかりなので、

全ての工程においてオドオドしっぱなしでした。

 

今回は2回目なので、

前回より多少は慣れています。

慣れていますが!やはり緊張します。

 

緊張はするんですけど、

自分の思考を文字にし、

体系化し整理することは、

頭の中の散らばった知識が、

ぎゅーっと一つにまとまる、

なんともいえない快感でもあります。

 

また、知識・思考を整理、再構築することで、

新しく湧き上がってくる考えも多くあります。

 

それがまた次の本を書く材料やアイデアの種、

お客さんに伝えるアドバイスの元になったら、

こんなに素晴らしいことはありません。

 

そんな感じで、

執筆を徐々に本格化しておりますが、

前回執筆した時のことを思い出してみようと、

改めて自分の本を読み返してみました。

 

 

もう2年も前の話なんですね。

買って頂いたみなさま、

改めてありがとうございました。

 

どんなことを書いたのか、

忘れているというのもありますが、

読んだ感想は面白かったです(笑)

自分でいうのもなんですけど。

 

まだの人は読んでね!(さらっと宣伝)

 


18年ぶり位にスキーに行ってみた

先週の土日に、家族でスキーに行ってきました。

ふじてんスノーリゾート

 

実は、ワタクシ、大学時代は競技スキー部に所属しておりまして、

毎年冬の3ヶ月間は山にこもり、

ホテルでアルバイトをしながら、

日々スキー三昧の生活を送っていました。

 

しかし、一生分のスキーをそのときやってしまったためか、

大学卒業後に行ったのは、この18年でたったの1回。

学生身分には高級だったウェアもブーツも、

競技によって使い分けていた2本の板も本当になにもかも、

すっかり処分してしまいました。

 

スキーをするのはいいのですが、

そこに至るまでの準備段階がどうにも億劫で・・・。

それが足が遠のいてしまった原因の一つです。

 

しかし子どもができ、

 

「自分が・・・」

 

ではなく、子どもたちに、

 

「ボクが始めてスキーをしたときの楽しさと爽快感、

一日滑り倒したあとに入るお風呂の気持ちよさを是非体験させてあげたい」

 

という思いと、

子どもの同級生家族に誘われた(*日程が会わずに結局は一緒に行けなかった)

というタイミングを良いきっかけとして行ってきたのです。

 

子どもに教えるのみで、

ボク自身、本格的に滑りはしませんでしたが、

久しぶりにやったスキーはやはり最高でした!

 

1号2号だけでリフトに乗れるようになりました

1号2号だけでリフトに乗れるようになりました[/caption]

 

大学入学時、何か新しいことを始めようとぼんやり考えていたボクは、

バイト先の先輩に言われた一言がきっかけで、

スキーを選びました。

 

「スキー、テニス、ゴルフは出来ると一生何かと使えるよ」

 

と。

 

使える、使えないで選ぶというのも、

何か不純な気もしますが、

この3つのスポーツは、親と子どもが年を取っても、

いつまでも同じように一緒に楽しめる、

数少ないスポーツですよね。

 

そう思うようになってからというもの、

昔のようなスキーに対する情熱が、

ムクムクと湧き上がって来ました。

 

今年はもう行けないと思いますが、

来年は徐々に装備を揃えつつ(*グローブとゴーグルぐらいは自前にしたい)、

年に3,4回は家族で行きたいなあと、

新たな野望を持つようになりました。

 

どなたか、来年はご一緒しましょう。

ふじてん、車で2時間半もあれば着くので、

とっても便利ですよ。

人間としての奥深さとカレー

カレーって、

色々なものをなんの考えもなく入れても、

それが

 

「味に深みがあって美味しい」

 

という言葉で許されることがある、

唯一の料理ですよね。

前回の記事でそう書きました。

そうそう。

思いのほかカレーの話が長引いてしまいましたが、

別にカレーの話がしたかった訳ではなかったのでした。

 

なんの計算もなく、

色々な要素が入ってるからこそ、

測ったかのような洗練された味ではない、

複雑で奥深い味が表現される・・・

これは

 

「深みのある人間かどうか」

 

ということにも、

当てはまるのではないかと、

勝手に推察するのです。

 

飽きっぽいという生来の性格ゆえ、

昔から色々なスポーツをしてきました。

また、社会人になってからも、

27歳で不動産業を始めるまで、

職を転々としてきました。

 

例えばボクは高校の頃に格闘技に興味をもち、

最初は観るだけだったのが、

そのうち自分でもやりたくなり空手道場に通い始めました。

 

小さい街の空手大会で3位に入賞したのが唯一の勲章で、

たいして強くはありませんでしたが、

回りにはキャリア何年もの、

どう逆立ちしても敵いそうもない、

強い人がゴロゴロしていました。

そんなツワモノを見るたびにこう思ったのです。

 

「ああ、もっと昔から空手を始めておけば良かった」

 

と。

 

そして大学に入り、

容易に道場に通えなくなったことから、

次第に足は遠のき、

やがて通わなくなりました。

 

そして色々な経緯があり、

今度は競技スキー部に入部しました。

スキーは初心者に「毛」が生えた程度でしたが、

大学2年の冬、同期や先輩を差し置いて、

インカレにも出場することができました。

 

インカレと言っても、

1部から4部まである中の4部ですから、

我が部は、本気でやってるスキーサークルに、

多少厳しさが入った程度の部に過ぎません。

 

そんなインカレで、

1部の学生はまさにトップレーサー

(*当時のスターは、モーグルの上村愛子の旦那様の皆川賢太郎)

で、中には世界を股にかけて世界を転戦している人もいました。

まさに全てにおいて次元が違いました。

この時も心底思いました。

 

「ああ、もっと早くからスキーを始めておけばよかった」

 

職を転々とした後、

希望に溢れ不動産会社に入社したあとも、

うだつの上がらない成績しか残せないなか、

スーパー営業マンを間近にして同じように思いました。

 

「もっと早くから営業の仕事を、不動産の仕事を始めておけば・・・」

 

と。

人生のどのタイミングにおいても、

 

「もっと早く始めておけば」

「もっと早く(仕事やスポーツに)出会っておけば」

 

と後悔することがありました。

 

しかし、振り返って考えてみると、

その時やりたいこと、やりたい仕事、

やりたいスポーツ、興味ある出来事、

付き合いたい人、友人など、

今まで自分自身が経験や体験してきたことを土台にして、

自然発生的に出てきているものです。

 

ボクは今、不動産の仕事をしていますが、

今までの人生を積み重ねた結果、

 

「天職」

 

といってもよい今の職に就いているわけですし、

出会うべくタイミングで、

出会っているのです。

 

「もっと早く出会っておけば・・・」

 

と願ったとしても、

それは出会うタイミングではなかったということでもありますし、

出会うタイミングを間違っていたら、

きっと今のように楽しく仕事は出来ていない可能性だってあります。

 

「将来、こうなりたいから今、これをやる」

 

と、ゴールを計画的に考えて、

自分の考えた「レシピ」通りに進むことも重要です。

洗練された「味」となって表現出来るでしょう。

 

しかし、偶然の産物で作られたカレーが、

思いのほか奥深い美味しいものと仕上がったかのように、

その時はムダだと思っていた不測な経験や体験が、

あとになって人間としての

 

「奥深さ」

 

となるのであれば、

ムダなことなど人生には何一つないと思うのです。

 

 

「あの時の経験が今、このようなカタチで活かせている」

 

と、明確にすることは恐らく出来ないでしょう。

だけど、間違いなく、

今の自分自身を形作っているのは、

過去の経験や体験です。

どれか一つが抜けていたら、

今の自分にはなっていないと思うのです。

 

つまりは人生、

色々な経験や体験を

 

「やったもん勝ち!」

 

だということです。

 

始めてやることは緊張するし、

時にはストレスになることもあります。

だけどやらなきゃなにも始まらない。

 

これからも色々な経験や体験という名の

 

「スパイス」

 

を、人生という

 

「カレー」

 

にドバドバ投入し、

奥深い人間(*カレー)になっていきたいですね!

 

・・・誤解のないよう書き添えておきますが、

計画通りの人をディスってる訳でも、

ボクのような行き当たりばったりの人間を、

賞賛している訳ではありませんので(笑)

また、

 

「自分の人生をカレーなんぞに例えてほしくない!」

 

という、カレー嫌いな人も中にはいるでしょうが、

そういう人は、

何か他の自分の好きな食べ物に代替したらどうかな?

例えば・・・そう、ラーメンのスープとか?

 

「自分の人生をラーメンのスープなんぞに・・・・(以下略)」

 

異論反論は受け付けかねます(笑)

 

経験積まないと絵もうまくなりませんしね

趣旨は違いますが、経験積まないと絵もうまくなりませんしね(画:楯岡悟朗)[/caption]

休日のカレー

休日になると、

たま~に料理をします。

いや、違うな。

料理というより、家族が

 

「カレー」

「たこ焼き」

 

を食べたい時に依頼がボクにかかります。

 

 

妻がカレーを作れないというわけでもなく、

ボクが作ったカレーの方が妻より美味しいから、

というわけではなく、

なんとなくこの2品については、

ぼんやりと担当付がボクにされているのです。

もちろん、喜んで引き受けます。

毎日、義務のように作り続けなくてはならない妻とは違い、

たまに作るボクにとっては、

ビール片手に料理することが出来るリフレッシュタイムです。

楽しいものです。

 

で、先日、カレーを作ったんですが。

以前、友達家族のホームパーティにお呼ばれした時、

奥さんが出してくれたカレールウを使わないで、

スパイスだけで作った本格カレーにえらく感銘を受けまして。

作ったこともないのに、何を血迷ったか、

 

「よし!あれを作ろう!」

 

と、家族の休日のディナーを、

ボクの実験の犠牲にすることになったのです。

で、スーパーに行くと、

色々とスパイスが小瓶で売られているのですが、

毎回作るわけではないのでなんだかもったいない。

 

で、買ったのがコレ。

必要なスパイスが全て含まれているそうで、

 

「初めて作るんだし、まあこれでいいかな」

 

と。

で、下準備を行い、

コトコトと鍋で煮込んでからドバっと投入。

うん、本格的な香りがしてきました。

 

「これは今まで作った中でも最高のカレーが出来るのでは!」

 

と、一人心踊らせながら味見をしてみると・・・

 

「味が・・・ない」

 

そう、これは「ただの」スパイスであって、

カレールウのように味が付いている物体ではないのでした。

瓶の裏を見れば、

入ってるのはスパイスだけだし。

 

そんな基本的なことも確認せずに、

ここまで来てしまい、

もはや後戻りは出来ません。

しかし、ボクの作るカレーを、

楽しみに待っている家族の期待を裏切る訳にはいきません。

そこからはもうボクと味のないカレーとの勝負です。

 

ところかまわず、

味の付きそうなものを片っ端から投入していきます。

  • バー○ントカレー(甘口)
  • ジャ○カレー(辛口)
  • ソース
  • ケチャップ
  • パウダーコーヒー
  • チョコレート

などなど。

まあ、カレールウを入れたこともあり、

それなりの味になった気はします。

しかし、味見を繰り返していたので、

最後の方は舌が麻痺してしまい、

 

「果たしてこの味はどうなのか?」

 

と判断できなくなり、

仕方なく妻に味見を恐る恐る依頼。

そして一口味見をした妻が一言。

 

「美味しい!なんかスパイスとか入れてたから、

そのせいなのかな。

すっごい深みがある!」

 

と、思いの他好評。

 

「お、おぅ。良かった。じゃあ食べよう」

 

ということで、

実験場となった休日のディナーは、

無事に美味しいと評判のカレーを提供することで、

つつがなく過ごすことが出来たのでした。

 

カレーって、

色々なものをなんの考えもなく入れても、

それが

 

「味に深みがあって美味しい」

 

という言葉で許される、

唯一の料理ですよね。

父親の影響力

先日、2号くんの、

幼稚園の最後の運動会があったんですよ。

 

で。

間が悪いことで有名な3号。

遡れば、1号の小学校運動会前日に発熱。

気の毒とは思いながらも、

高熱を押して参加したのを皮切りに、

先日の釣りイベントでも、

前日夜に発熱。

 

そして今回は2号の運動会2日前に発熱!

それに釣られたかのように、

大役(?)を任された2号本人も発熱。

 

LINEで2号発熱を知らされた時は、

あまりにも間の悪すぎる流れに、

一瞬薄ら笑みさえ浮かべてしまいましたが、

しばらくすると、幼稚園最後の運動会に、

参加できないかもしれない無念さがジワリと湧き上がってきました。

 

幸いにも、2号も3号も体調が万全とはいかなかったものの、

どうにかこうにか参加することが出来、

2号幼稚園最後の運動会は幕を下ろしたのでした・・・。

 

今、その時の写真を見返していますが、

一生懸命なその表情を見返すと、

軽く目頭が熱くなります。。。

もう2度と戻ってこないこの時期を大切にしなくては!

と、言うことを聞かず怒鳴り散らしている自分を戒めるのです。

 

さて、余談は以上をもって終了として。

先日、お客様でもある会社の経営者と会食をしました。

その時に話していたのですが、

 

「子どもにたいしてそれなりに影響力を残したいよね」

 

という話になりました。

 

ボク自身、子どもに尊敬されたいとか、

ボクの好きな山崎豊子の

 

華麗なる一族」 *未読の人は是非!

 

に出てくる万俵家当主、万俵大介のように、

一族郎党に絶大な影響力を持っていたいとか、

そんなことは思っていません。ただ・・・

 

「自分の遺伝子を持った子どもらに、

なんの影響を与えられないのはなんとなくイヤ」

 

とは感じています。

 

当時の時代的なこともあったのでしょうが、

ボクの父親はあまり子育てはしていなかったと思います。

色々な遊びを経験・体験させてくれましたが、

進路や就職など人生の岐路においても、

口を出さなかったこともあるので、

ボク自身、父親の影響を受けているとは感じていませんでした。

 

だけど今、ボクが子どもたちにしてあげていることは、

間違いなくボクが父親にしてもらったことです。

今後は、ボクがしてもらったことがないことを、

自分の子どもらにどれだけさせてあげるかが、

ボクと父親との勝負となるんでしょう。

 

ちなみに今年年末に公開されるこの映画が大好きなのも、

間違いなく父親の影響です。

 

「スターウォーズ新聞」欲しさに、セブンイレブンで前売り券を買いましたよ。

 

その影響を受けたボクは、

自分の子どもたちにもこうして影響を与えていくのです。

この程度の影響力でいいんですよ、ホント。

 

どうでもいいですが、

このスターウォーズのゲーム、

スゴイですよ。

ゲーム持ってないんですが、

このためだけに欲しくなりました。

非日常の日常化

先日、仕事でもプライベートでも付き合いのある人達で、

奥多摩まで釣り&バーベキューをしてきました。

みなさん家族を連れてきているので、

子どもも合せると総勢60人近くの大所帯!

そんな大人数が一同に会するイベントを、

毎年切り盛してくれる主催者には頭がさがる一方です。

この場を借りてお礼申し上げます(ぺこり)

 

去年は1歳になる前の3号も参加予定でしたが、

なぜか子どもにありがちな

 

「イベント前日の発熱」

 

により妻ともども不参加。

 

今年こそは!

 

と意気込んでいたかどうか分からない3号と、

明らかにイキッていた妻でしたが、

なんと今年も昨年に続き、

前日夜に「安定の」発熱。

なかなか家族みんなで参加することが出来ません。

 

翌日はすっかり元気な3号。踊ってます

翌日はすっかり元気な3号。踊ってます[/caption]

 

準備万端でイベントに備えていた妻の羨ましげな眼差しを尻目に、

1号、2号を連れて参加しました。

 

2号。3匹位釣り上げてました

1号。様になってきました

1号。様になってきました[/caption]

 

大いに楽しんだこごろう’sは声を揃えて、

 

「今年の夏で一番楽しかったよ!」

 

と大喜び。

おいおい、ちょっと待てよお前たち。

確かに楽しかったんだろうし、

ボクも大いに楽しみました。

だけどとーちゃんはとーちゃんなりに結構色々なイベントを立ち上げたつもりだぞ?

 

「大きいプールに2回も泊まったり遊園地行ったりしたろ?

今年の夏の我が家のイベントはあれだぞ?」

 

そこで1号、

 

「パパ、プールは学校でも入れるんだよ。」

 

ボクも思わず「なるほど」と納得してしまうセリフを言います。

今回の記事があるのは、

1号のその時のセリフが元になっています。

 

確かにそうです。

車に乗ってたくさんの種類があるプールに行き、

丸一日遊びクタクタになってホテルで倒れこむように眠る。。。

これはこれで楽しいイベントに違いありませんが、

 

「プールに入る」

「プールで遊ぶ」

 

というイベントは、小学校でも幼稚園でも当たり前のようにあります。

もはや新鮮味のある行為ではありません。

子どもらにとっては当たり前の「日常」です。

反対に今回の釣りイベントはどうでしょうか?

 

  • ウネウネ動くエサのブドウ虫の気色悪さ
  • ブドウ虫を針につけるドキドキ
  • 針に魚がヒットした時の感触と感動
  • 釣り上げた時の重さと掴んだ時のぬめり
  • さっきまで泳いでいた魚をその場で焼いて食べる衝撃
  • スイカ割りで砕け散った不揃いな破片を食べるなんともいえない美味しさ

 

ウネウネ動くブドウ虫

ウネウネ動くブドウ虫[/caption]

 

およそ日常生活では体験できない「非日常」です。

きっと感性豊かな子どもには、

普段体験することのないこうした「非日常」の方が、

よほどインパクトのある出来事なんでしょう。

 

極論すると、人生はどれだけたくさんの「非日常」を経験したもん勝ちで、

どれだけたくさんの「日常」を持っているかが、

人間としての深みや面白みを増す要因なのかもしれません。

 

そのように考えてみると、

親としてはどれだけ子どもに「非日常」を経験させてあげるのかが、

重要なのではないかと。

 

仕事でも「非日常」を恐れず、

それを日常化できるよう様々な経験を、

積極的に重ねていこうと思うようになりました。

気にしすぎてしまうFB投稿

最近Facebookに投稿する内容がごくごく限られてしまってます。

なんでかというと、何を書いても

 

「なにそれ?遠回しな自慢してんの?」

 

と、見る人によってはそのように捉えられてしまうのではないかと、

変に意識してしまうからです。

自分が思ってるほど、他人はそんなに自分に興味なんてないんですけどね。

まあ、要するに自意識過剰(というのか?)なんです。

 

床屋で髪の毛を切った次の日は、

恥ずかしくて何か学校に行きづらい、

小学校時代のそんな淡い思いに似ている気がします。

 

例えば以下の様な投稿をボクがしようとした場合。

その投稿を見た人が、

どう思うかを必要以上に考えてしまいます。

 

・美味しいものやちょっと良いお店での食事風景

→→→ ほ~~、そんなにいいところ行けるほど儲かってるんだアピール?

 

・今日は忙しくてお昼も食べれません(泣)

→→→ 仕事に溢れてる売れっ子アピール?

 

・昨日は付き合いのある複数の会社を経営する社長との食事会でした~

→→→ そんなすごい人たちと付き合ってる自分がすごいアピール?

 

・暑いのでランチビールしちゃいました!

→→→ 昼間からアルコール摂取できるような立場アピール?

 

・こんな髪型にしました

→→→ イケメンアピール?

 

・子どもと二人で出かけてます

→→→ イクメンアピール?

 

・家族の協力に感謝感謝!

→→→ 家族円満アピール?

 

・・・と、軽く考えただけども、

こんな余計なことを考えてしまいます。

今このブログに書いていても若干ココロがざわついています。

 

誤解のないように書いておきますが、

このような投稿をされている人をディスっているわけではありません。

実際、友達のこうした投稿を見たとしても、

 

「自慢してるだけじゃん」

 

と思うことは皆無ですから。

だから所詮、ボクの投稿も実際はその程度で、

見ている人の心をざわつかせるような力などないのです。

 

「気にしすぎじゃね?」

 

と言われれば、全くその通りなんですよ、きっと。

 

でもまあ、毒にも薬にもならない、

人畜無害の投稿しか行わなかったとしても、

誰に文句言われるわけではないのでね。

 

さて、明日は総勢60人位が参加する釣り&バーベキューです。決して

 

「プライベート充実&友達多いアピール」

 

ではありませんので誤解のなきようお願い申し上げます。

やることに変わりはありません

6月に入ってしばらく経つので、5月の試算表をまとめていたところです。

 

試算表。数字は出せません、一応(笑)

試算表。数字は出せません、一応(笑)[/caption]

 

試算表というのは、会社の売上がいくらで経費にいくらかかって、今会社にお金がいくらあり、利益はどのくらいか?を示す一覧表のようなものです。当社は特に月末締めのようなものはないのですが、月が開けると会計ソフトに記帳し、出力したものを顧問税理士に送付しています。

で、今月もその作業をしていたのですが、5月は少し売上がよくありませんでした。単月だけで見ると赤字です。仕掛けている案件がまとまるのに時間がかかったり、すべての案件が同時にまとまる・・・なんてこともあるので、月単位でっこみひっこみがあるのは当然です。別に焦る訳ではありません。焦るわけではないのですが、

「ああ、今月はちょっと悪かったんだな~。まあ、案件まとまるに時間かかってるし、仕方ないよね」

とただただ事実を認識したところ、ふと

「来月はがんばろう」

と、こんなことを思いました。で次の瞬間また思いました。

「でも、がんばるってなに?」

果たして何をがんばるのだろうと、自問自答してしまったのです。売り上げにつながる動きを、今日明日がむしゃらにがんばれば売上は上がるのでしょうか?上がらないと思いますよ。今までよりちょっとがんばるだけで、売上が上がるんならこんなに簡単なことはありません。今の結果があるのは、今までやってきた結果に過ぎないからです。

ボク自身、普段から血反吐を吐きながら「頑張って」仕事をしている気はしません。その時自分ができることを粛々とやり続けているに過ぎません。それを続けている結果が、毎月の売上となって現れているのです。

ちょっと売上が悪かったからといって、その一瞬だけ特効薬的にできることなんて限られているし、今までやっていなかったことをいきなりやり始めたところで、そんな効果は微々たるものです。

「よし、がんばろう!」

と思うのではなく、

「今までどおりかんばり続けよう」

と思うことが何より大切だと思うのです。

なぜ風船を買ってあげたのか?

先日、こごろう1号の開校記念日で小学校が休みでした。「これ幸い!」ということで、千葉は幕張にあるディ○ニーランドへド平日に行ってきました。こんなときじゃないと、子ども3人連れて夢の国へなんて行けません。なにせ休日、混雑がすごいらしいじゃないですか。

どっかの記事で読んだのですが週末ともなると、アトラクションはもちろん、レストランも大混雑。何をするのも人人人の波で・・・夢の世界の店員さんもテンパっちゃって、お客さんをさばくので精一杯で、ホスピタリティを発揮するどころじゃない。なにをしようにもどこに行こうにも待たされるお客さんもイライラしていて、怒号も飛び交っているそうで・・・。そんな激混みの時に行ったことはないので、真意のほどは定かでないですが、夢の国まで行ってイライラしたくなんかないですよね。

我々が行ったのはド平日ということもあり、かなり空いていましたが、やはり人気アトラクションは1時間待ちのところが多かったです。ただ、空いているものは5分、10分で乗れるのも数多くあり十分楽しめました。

で、次の日は学校や幼稚園、仕事があるので、夜のパレードもそこそこに「さて帰ろう」となったのですが、ここで2号が

「風船がほしい」

と言い出しました。

 

風船を欲しがった2号

風船を欲しがった2号[/caption]

 

風船・・・ヘリウムが詰め込まれたキャラクターの形をした「ただの袋」ですよ。いつまでも残るものではなく、一週間もすればしぼんでしまうシロモノです。それが夢の国価格で一つ1,000円!なんともアコギな商売です。少し前なら

「そんなすぐなくなっちゃうものにもったいないよ。それで遊べるものでもないんだし」

と、「それを使って何をするのか。」と、大人ならではの合理的な考えで一蹴していたと思います。ですが色々思う所あり今回は、

買ってあげました。

確かにそれを使って家で遊ぶことはできません。フワフワと室内を漂い続けるだけで、場所によっては邪魔な存在にしかならないかもしれません。だけど、

「思い出を補強するアイテム」

にはなりえると思ったのです。楽しかった思い出は、翌日になるとどんどん薄れていきます。しかしその風船が

「ただそこにあり続けるだけ」

で、それを目にする度、楽しかった思いや感動、衝撃、ワクワク感が蘇り、その思いがより一層強化されると思ったのです。これは形として残るものではあまり効果がないでしょう。

「いずれなくなってしまうもの」

だからこそ、人の心にも強く印象が刻み込まれるのです。昔付き合った彼氏・彼女のことが美化(*そうじゃない人も当然いるとして)されるのは、今そこにいないからです。同じようにいずれは目の前からなくなってしまうものだからこそ、思い出が強くインプットされるのです。

 

だいぶしぼんできました

だいぶしぼんできました[/caption]

 

1号に買ってあげないわけにはいかないので、しめて2,000円の出費。だけど、家族との楽しい思い出が子供らに少しでも残ると思えば、無駄でもないですね。楽しかった思い出が薄れていくのに併せてしぼんでいく風船、思い出とゆるくリンクされるそんな存在だからこそ、良いのかもしれません。

・・・というような視点で考えてみると、女性に渡す花束は最初に渡すのではなく、楽しいひとときを過ごした帰り際に渡すのがベストなんでしょうね。それも大げさなものでなくても、一輪だけとかでも良いのかもしれません。

女性がその時を一緒に楽しんでくれていたら、渡した男性の存在は、花が咲き続けている限り良い思い出として記憶に残るのですから。

・・・もし楽しんでくれていなかったら?

  • 家に帰るなり捨てられる
  • とりあえず花瓶にはいけるが、咲き続けている限り、「あ~~、つまらない人だったわ」との思い出が補強される

渡した男性としてはどっちがいいでしょうね?個人的には、どんなにその場がつまらなかったとしても、もらった花をすぐに捨ててしまうような感性の女性とはお付き合いしたくありませんね。ボクのことはどうでもいいですね(笑)失礼しました。

結局、痛い目見ないと学ばない

「減らず口ってのはこういうのを言うんだろうな」

と感心してしまうくらい、我が家のこごろう1号は減らず口を叩きます。2号も感化されているので負けじと叩きます。3号は叩きませんが、「構って泣き」がヒドイです。こんな手のかかるこごろう’sを日々相手にしている嫁さんは本当にエライと思います。

 

こんなに小さかったこごろう’sも、減らず口が叩けるようになりました

こんなに小さかったこごろう’sも、減らず口が叩けるようになりました[/caption]

1号は小学校時代の嫁さんに似て、勉強はよく出来る部類だと思います。全教科0点を取ったことがあるボクの遺伝子を受け継がなくて本当に良かったですが、残念ながら屁理屈をこねるのがボクに似てしまいました。重ね重ね、嫁さんに申し訳なく思います。

そんな1号くん、勉強がキライなわけではないと思いますが、やらなければいけない学校の宿題を、いくら言ってもなかなかやりません。日頃言い疲れている嫁さんに変わって、仕事が休みの昨日のような日は、ボクが宿題等の進捗や管理を行うのです。

大声で「やれ!」と言ってもいいのですが(*たまに言いたくなります)、大人の強権発動のような気がしてあまり好きではありません。なので、

ボク:「別に何時から始めたっていいけど、20時半には寝ないといけないんだろ?始めるのが遅ければ遅いほど、眠たくなって辛くなるんだぞ」

と、こんこんと言って聞かせる訳です。で、案の定、重い腰を上げてようやく始めるものの、生意気盛りの小学2年生とはいえ、相棒の2号が既にベッドルームに行ってしまったこともあり、21時近くになるとだんだんと眠くなってくるわけです。いつしか

1号:「眠いな~」

と、ボクに聞こえるようなひとりごとをつぶやきはじめます。

ヨメ:「今日はこれまでにして明日にしなさい」

と日頃は嫁さんの仏心が彼を救いあげますが、ボクは許しません。

ボク:「終わらないのはなかなか始めなかった自分の責任なんだから、遅くなって何時になってもいいから最後までやりなさい」

交渉の余地がないと観念した1号は、半泣きでグッズグズになりぶつくさいいながらですが、最後までやり切ってから糸が切れたかのように眠りにつきました。

結局人間は、自分で痛い目みないと本当の意味では学びません。ボクも仕事で痛い目を見た出来事は数限りなくあり、一つ一つハッキリと思い出せます。その時のことを思い出すと軽く動悸も上がったりもします。けれど、そうして学んだことは今の自分を間違いなく強くしています。

今回の場合、ボクが強権発動で怒鳴ってしまえば、しぶしぶながら宿題をやり始めるんだと思います。だけど、それをやったとしてもまた同じことを繰り返すに違いありません。

「やらなかったらどうなるのか?」

因果関係を、自分の身を持って学ばせ、痛い目をあえて見せ、自ら気づかせることが大事なんだと思います。

 

 

・・・と偉そうに語っておきながら・・・。実はこうした1号とのやりとりは今回に限った話ではありません。既に何度かやってきております。つまり1号は再三痛い目を見ておきながら、

全く懲りていない

ということです。これは間違いなくボクの遺伝子です。責任の一端はボクにもありそうなので、自分のことは棚に上げずに、もう少し優しくなろうと思いました。そんな休日の夜。

生きていればなんでも「ネタ」になる

「自分の馬鹿さ加減に呆れる」

って生きてれば度々出てくると思うんです。かくいうボクもよくありまして、最近では

 

3月

3月[/caption]

4月

 

アホです。

5月も同じ事やったら生きていく自信がなくなりそうです。ただ、

「これはネタになるな」

と、思ったことだけが、唯一の心の癒やしとなりました。

いるかいないか分からないボクの熱心なファンならご存知かもしれませんが、実はワタクシ、本を一冊出しております。

これですね

Amazonで絶賛!かどうかは分かりませんが発売中です。

これまた熱心なファンならばすでに購入して読んでいただけていると思いますが、内容をものすご~~~~くかいつまんで話すと、

「逆境でも諦めずに働き、結果を出す方法」

実はこのテーマの本を書いたのにはすったもんだありまして。。。

不動産の仕事をしているというのもあり、当初はやはり不動産に関する本を書こうと思ったのです。しかし、出版社も慈善事業で本を出してくれる訳ではありません。本を出すというのは、出版社がその著者に300万ほどの投資をするということです。最低限、投資に見合っただけの利益を出さなければ意味がありません。

つまり、ボクが書きたいと思う本が売れるテーマでなければ、本を出すこともできないのです。

「不動産の本なんか売れませんよ」

と、このように一度は一刀両断されたのです。出版社にとってボクの希望や思惑なんてどうでもいいのです。

しかし、そうは言われても、他に本にできそうなコンテンツなんて、今まで平々凡々と生きてきたボクにはありません(*と思っていた)。そんなことを思いながら、不動産の仕事を行うようになった経緯から、どのように今の立場に至ったかなどを編集の方と話していたのです。

ボク 「いや~、修行時代の会社は本当に大変だったんですよw」

ボク 「灰皿が飛んでくるなんてドラマの中の話だけだと思ったら、本当に飛んでくるんですよ。『あ、ホントにあることなんだ』と思って、思わず感動しましたよwww」

ボク 「車の居眠り運転ってありますけど、疲れると原付き運転しながらでも眠れるって知ってました?危うく死にそうになりましたけどねwwwwww」

出版社 「それ、いいね!」

ボク 「は!?」

ということになり、後はトントン拍子。基本、自分が実際に経験したことや、その時々のエピソードを思い出して文章に仕上げるのは、大変でしたけどなかなか面白いものでした。その時に思ったのです。

「どんな人にもネタはあるもんなんだな」

と。次回、また何かの機会で本を書くことがあるかもしれませんが、今回の出来事もその時になって生きてくるかもしれません(*多分ない)。

そんな思いを一服の精神安定剤にしながら、2ヶ月連続で警察に捕まるという失態をしでかしたバカさ加減を慰めるのです。(いつになるか分からない)ボクの著書第二弾、

「交通違反をして学んだ、人生で大切な100のこと」(仮)

を是非、楽しみにしてください。

*5月9日現在、捕まっておりません。

桜のような専門家

先日、地元の家族数組で、花見をしました。時期を逸してしまっていたので、すっかり散ってしまっていましたが・・・。

食事はデリバリーだったのですが、一歩間違えると、ただ一緒くたに盛っただけ・・・となってしまいがちですが、さすがの感性ですね。

「MOMOE」

というお店で、ボクは知りませんでしたが、モデル御用達のところのようで、見た目も味も上品でした。普通に生きていたら、ボクのようなガサツな人間がお目にかかることはなかったでしょう。

 

日本人は桜の季節になるとこぞって集まり、もう散ってしまっているのにも関わらず、桜の下には人が賑わいます。なぜここまで人を惹きつけるのか?以下はボクなりの見解です。

「主張しすぎない淡い色合いで、1年のうち、控えめにほんの僅かな期間しか咲かない」

という奥ゆかしさと希少価値が、日本人が生まれながらにして備えているDNAに合致しているからだと思います。日本人の気質をうまく突いた桜の作戦がちですね。桜の奴もああ見えてなかなかのやり手です。きっと1年を通して常に咲いているような花だったら、今ほど「レア感」を感じることはなかったはずです。

希少価値があるからこそ、桜の時期になると花見客が殺到します。行列、混雑が大の苦手なボクですが、そんなボクでも、この時期は桜を愛でに行きたい衝動に駆られます。

専門家の端くれとして、俺が俺が!と主張していくのも確かに大事ですが、

「わざわざ頼みたくなる」

そんな桜のような専門家になっていきたいですね。

もちろん、咲き終わった後の桜の花びらや毛虫被害などのように、依頼人以外の人に迷惑をかけるようなところまで、「桜のような存在」になる必要はありませんけどね。

ブログのデザインリニューアルに伴って

いるかいないか分からない熱心なボクのファンならもうお気づきかもしれませんが、この度、ブログのデザインをリニューアルしました。

それにともなって、毒にも薬にもならない記事の大半を整理整頓しました。ただ、まがりなりにも数年間続けていたブログです。

「自分が生きてきたログのようなものだから残しておいてもいいかな」

とも思ったのですが、自分の恥部をワールドワイドに全公開しているような気がしたもので、思い切ってバッサリ!といかせて頂きました。そんな「恥部」がどんな内容だったかは以下を御覧ください。ブログを始めたばかりのとある日の記事です。

タイトル:マク○ナルド

昼はいつも外に買いに出かけます。自由が丘に行くこともあれば、尾山台や等々力まで足を延ばすこともあります。大井町線はひと駅の間隔が短いので、車を使えばすぐです。

今日は環八沿いのマクドナルドに行きましたが、週末はドライブスルー渋滞が出来ます。幸い今日はあまり待ちませんでしたが、いつのまにかお店がリフォームされていてびっくり。

昼食後は外に出ることもなく、事務所で事務作業。エリア内(自由が丘~二子玉川)の物件を毎日眺めて、新規の物件があれば自社データベースに登録します。結構大変ですが、不動産の情報を扱う立場とすると、やっておかないと恥ずかしくて不動産屋とは言えませんね。

インターネットの普及により、お客さんと不動産業者の情報量に違いはなくなりましたからね。(原文ママ)

とまあ、こんな調子でして・・・。こんな記事を書いて何を期待してたんでしょう、当時のボク。

というわけでして心機一転、

「リニューアルを機に、今まで以上に更新を行いますので、みなさんよろしくお願いいたします!」

と、書いても良さそうですが、絶対書きません。

ボクが思うに、ブログを更新し続ける上で一番大切なことというのは、更新のハードルをあまり上げ過ぎないことだと思っています。特に意志の弱さには定評のあるボクのような人間にとって、

「毎日更新!」

という縛りはご法度です。

ボクの知り合いに毎日更新をうたい、実際に更新を続けている方たちが何人かいますが、本当に尊敬します。その鋼鉄のような意志の強さを少し分けてもらいたいものです。

ブログを続けていくためのハードルは、更新頻度だけではなく他にもあると思います。それは「記事のクオリティ」です。

「人の役に立つ記事を書こう」

「面白いことを書こう」

と思ったら、長続きしません。人が喜んでくれる記事なんてそう簡単に書けませんし、そうした記事はそれなりの労力もかかります。それに、

「これは良い記事だ!絶対みんなに読んでもらえる!」

と思って書いた渾身の記事が、結果そうならなかった時(*実際、そうなるときのほうが多い)、心が折れてしまいます。逆に、たいして労力を書けなかった記事が、ものすごいアクセスを集めたなんてこともあります。かけた労力の対価や見返りを期待せず、頑張り過ぎないことが重要だと考えています。

ただ、リニューアルされたことをきっかけに多少モチベーションがあがっているのは確かです。更新頻度が以前より高くなる可能性は大いにありますが、しばらくすると飽きて、まったくしない期間が続いたりもするでしょう。

右肩上がりの今の日本経済の株価とは違い、更新頻度が乱高下することを予め宣言しているボクのブログですが、そんなもので良ければこれからもお付き合い頂けると幸いです。

 

新宿御苑でみた桜が今年、唯一のまともな桜でした。

新宿御苑でみた桜が今年、唯一のまともな桜でした。[/caption]

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